365日瞑想中
「大好き」と言うという話になって、私は「大好き」という言葉を発することにとても抵抗があるな、と感じた。
夫にも数える程度しか言ってないし、両親にも言ってない。子どもたちに言うことで、やっと口に出す練習をしているような感じである。
どうしてそんなに抵抗があるのだろうか。
ソコにはとてつもない重さがあるように感じる。
「大好き、愛してる、大嫌い、生き死に。。。」そのあたりの言葉は感情がとても重いため、発することすら、ここに書くことすら抵抗がある。
ある種、呪いにも似た重さを感じて、軽々しく言葉に出せない、そんな感じである。
過去に何かあったのか、それは覚えていないけれど、自分の中で、勝手に重くしてるだけということもあるかもしれない。
自分で自分に呪縛をかけていただけかもしれない。
可能性は無限で、自分で現実を作っているのなら、制限も自分で作っているわけで、その方が都合がよかったのだろう。
大好きに見返りも、重みもいらない。
ただただその時自分が感じたその感情をありのまま伝えるだけ。今に100%生きていたら、その時感じたことをただ出すだけでいいのだ。
未来がいつどうなるかも分からないから、今を極力100%に。
子どもたちが楽しく遊んでいる声はとても心地よく、それを聞きながらこれを打っているこの時間も自分の中では尊い。
一緒に遊ぶ時間は少しでいいけれどw
心地よい時間をそばで感じられたらそれでいいのだ。