遅すぎる反抗期?!

人生で初めての明るい髪色w
青春してますw

タイミングってすごい

3月半ばの日曜、古民家イベントで、
まきさんのを受けた時に知った「ソーシャルスタイル」
まきさんの予想に反して私は
羊(協調)&亀(分析)タイプ
斜めの関係のタイプの方は、憧れもあるけど苦手なことも。。。
とのこと。
羊の斜めはライオンタイプ(活動、精神的)

あー、確かに威圧的な感じとか苦手かも、と思った。

その日の夜だったかに、エネルギーワークのお知らせを目にしたの、
申し込んでみた。
開催は月曜夜。今思えば、すでにこの時から始まってたんじゃない?

月曜、午前からお客様。
ちょっとした言葉の行き違いというか、認識の違いで
「それは、違うんじゃない?!」と語尾強めで言われた。
その認識の違いも説明するも、納得されず、
どう説明すればよいか分からなくなった。
その時の私は、若干動悸が速く大きくなった感じ。
羊とライオンをまたしても感じる。
(その後、お客様も冷静な時にきちんと話をして納得されました)

そして、娘たちは同じ日、学校も保育所も休んでいた。
その午後(月曜)実家に返すものがあり行った際に、
「また学校休んでるの?!」をかわきりに、
思いがけない方向へ、話していくことに。

大人反抗期?!

母と冷静に
「休んでるのの何が氣になる?勉強?」
「勉強だけじゃないわよ~お友だち付き合いとか、色々あるでしょ~」
「我慢も覚えとかないと。。。」
みたいな、それはどうしてそう思うの?みたいなやり取りを何回かしたら、
父登場。
時系列、発言、は、過去イチ感情的だったので、正しく覚えておりませんw

心配だ。勉強だけじゃなく、協調性とか。
個性っていうけど、中学高校になってからならわかるけど、
小学生の内は、人間の基本的なことを学んでるときなんだから。
学校行かないことを考え出すと、寝られない。
遊びに連れてってやろうとも思うけど、頑張ってないのに、
何かやろうとするのが馬鹿らしくなる。
いじめられたとしても学校休んでるからいじめられるんだ。
もういい。何も言わん。

みたいなことを言ってたかな。
もう、なんか違いすぎて。
初めて親に「バカなの?!」って思ってしまった。
本質って、そこなの?!いじめられる方が悪いとかありえない。
悲しいやら悔しいやら怒りやら、いろんな感情ごちゃまぜで、
号泣しながら、なかば叫びながらw

思ってることを吐き出した。
本当に吐き出した。
感情的にならないと出せなかったのかもしれない。
出し方が分からなかったのかもしれない。

びっくりしただろうな~。
今までそんなことやったことなかったから。
できなかったのか、するほどの事がなかったのか、分からない。
あまりにも「普通」という枠が当たり前すぎて。
もはや私の中で言う普通はなんなのかさえ分からないけど。
父母の中でいう「普通」からは確実に逸脱している私&私たち。

「学校を休む」という「普通ではない」ことをしている私たちのことは
見てないんだろうと感じた。
出来事だけで、人を見ていないと。

親である私だって悩んでいる。
でも、学校へ行くことよりも、家族が笑っている方が大事だし、
健康でいることの方が大事だと思っている。

そりゃ、行ってくれた方が楽に決まってる。
こっちだって悩まなくていいし、お昼の事考えなくていいし、
両親ズに言われなくて済むし。
娘たちの事は、私の方が一番に考えてる。
楽して休んでる。怠けてるって思ってんの?!
預かってもらうの気が引けるな~と思ってることも分かってるって。
分かってるのに、なんで追い打ちかけるようなことするんだろう。
切り捨てるようなこと言ってくるんだろう。


今まで、いろんな事できて、すごいな~って思ってたけど、
初めてバカなの?!って。それも悲しかったし、何目線だよ自分っていう、
自分への突っ込みもあるし、色々ごちゃまぜ。

あとで気づいたこと。
「私を認めてほしいんだ。私がしていることを応援してほしいんだ。」
ってことに気付いた。
結局はそこかい~?泣
親から承認してほしい、って、かなり大きいんだな。

あ~、それに巻き込まれた両親ズ、かわいそう。
こんな遅い反抗期ある?!
春分前にびっくりした。
自分が娘たちに、同じようなことをしないように気を付けよ。

葛藤

父母の「普通」の生活は、否定しないし、
それで私も今まで生きてこられたから助かってるし、
そういう風に育てられて、有難いとも思ってる。
ただ、今の娘たちには合わない。
個性の認識が違うのかもしれない。
才能の方の個性しか見てないような発言だったけど、
「許容量、耐性、そういうところも個性がある」という風に
私は考えている。
みんな行って当たり前、みんなできて当たり前、みんなに合わせて当たり前、それはもう見直しませんか?
個人個人違う人なのです。

「わからないから」っていうけど、私だってわかりません。
学校に行かないという選択は私の人生でも初めて出てきた。
だからいろんな話聞いて、いろんなとこ行って、自分の常識と葛藤しながら
判断したり、任せたり、もういいやって思ったり。

葛藤は、自分の考えが古くなってきてるよ、のサインらしい。
今感じているコレは、本当にそのサインであると思う。
だから、書き換えるチャンス。
悲しいし、寂しいかもしれないけど、
今まで慣れ親しんだ「普通」から脱却のとき。

クラニオってすげー

クラニオを知ったから、私のなかで「存在自体を見てほしい」というのが
出てきたのか、もともと「存在自体を見てほしい」というのがあったから、
クラニオに惹かれたり、今の氣づきになったのか、わからない。

でも、本当に心からクラニオってすごいって思う。
ただただともに居て、その身体や神経や精神や、もろもろを感じるのみ。
この考え、心持ちで人と接していたら、「そこには愛しかない」
肩書も性別も何もなく、生まれたての赤ちゃんのように。
生きているだけで、素晴らしく、愛おしい。
人間って何を難しく考えているのだろうね。
私もその一部だけどw

クラニオを知れて本当によかったな~
いろんなことで、悩んでいたり、苦しい人に知ってほしい。

愛しかない

泣いて帰ってきた私を「どうしたのママ~」と
抱きしめてくれた娘たち。もう愛しかない。愛だけ。

そのままご飯とお風呂を済ませ、
ソマティックエナジェティクスというエネルギーワークを受ける。
この時も愛だけ。
娘たちは同じフロアに居つつも、各々のことをしたり、
また流れ出てくる私の涙を拭きに来てくれたりw

何も感づいてないのか、感づいてても言ってこない夫の存在。

タイミングよく、会おうと連絡をくれたり、
電話で話せることになった友人たちの存在。

もう全てが愛だな~

反省

1日経って、ちょっとアレは言いすぎたな~
言い方もだし、こっちのことを心配してくれてる人に
言いすぎだよな~と反省。
冷静に手紙でも書いてみよう。

そんな春分前のできごとを振り返る。

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